かぐわしきは 君の…
  〜香りと温みと、低められた声と。

 ふと それに気がついて
 何処からだろかと探せば
 そこには必ず君がいる不思議…



ミレニアム越えの折の天世界では
“一応の用心に”と、
それはもう様々なシュミレーションの下、
そこにおわす聖人すべてが警戒した上で、
万全の態勢を敷いていた。
下界もそれなり、
例えばコンピュータ制御ものへの“▼▼年問題”などなどと
あれこれ大変だったと聞いているが。
あまり傲慢な言い方はしたくはないながら、
そんなものの比じゃあないくらいに、
それは尊い方々が詰めてのこと、
あるいは緊迫し、あるいは切迫しつつ、
見守った事態のどれほどあったことか。
それらがどのようなものであったかを公開すると、
万が一にも部外者へと洩れたなら、
間違いなく地上の人々が混乱しかねないため、
そこは永遠に秘されることと思われるけれど。
それぞれに人知を越えた神秘の奇跡をお起こしになられる天上の方々が、
だというに息を飲んでの緊張に耐えたというほどの世紀越えだったため。
それでなくとも永遠の長紀を人の和子を見守り続けておられた、
神の御子様と釈迦如来様には、
ほんの一時でいいから休養をとられてはというお声かけも無いでなし。

 そこで…というワケでもないけれど

地上では相変わらずに
何処かでごしゃごしゃしちゃあいたが、
それはそれ、人の原罪とまでの大きなものが関わるものでなし。
(どれもこれもに そこまで溯って言い出したらキリがない)
しばしの骨休めをと、
聖人としてではない存在として安穏と過ごせよう処、
意外や意外な“人世界”へと こっそり降臨したまいた、
イエス様とブッダ様のお二人だったという。



      ◇◇


人の子の世界もそれなりに、
いやいや、ことによっては途轍もない進歩をしたようで。
雲の上という遠いところから見下ろしていてでは
ぼんやりとしか把握出来てはいなかったあれやこれやに直に触れ、
おおうと驚いたり興奮したり、
旅先の恥ではないけれど、
羽目外しをして思わぬ注目を浴びてしまったり、
しかもその上、そんな事実にさえ気づいていなかったりと、(えー)
ハラハラわたわたもするけれど、
それもまた楽しい“下界バカンス”を楽しんでおいで。

 “あ…。”

逗留地にと選んだのは、目立たず静かにを優先してのこと、
名勝地もなければ人口密集地でもなく、
さりとて世捨て人のようでは下界へ降りた意味もないということで、
ほどほどににぎわいのある温かい下町。
その身をやつした年齢層と暮らしぶりに合わせた、
キッチンとトイレつき、
押し入れ一つと畳敷きの六畳間が一つという、
小さな小さなアパートの一室だったのだけれども。
風の変化と豊かな情緒、
自然と人との双方からの色彩に彩られた四季が巡る国だけに、
やや味気無い、コンクリートやアスファルトに覆われた土地であっても、
春には春の、夏には夏の、風の巡りが鮮やかに香る。
少し冴えたような、墨を磨ったような匂いがさっとして、
ああ、雨かなと思ったと同時、
その香りに混ざって届いたのが、仄かな仄かな花の香で。

 “バラ、かなぁ。”

石鹸などでお馴染みのはずだが、
そんな人工的なそれじゃあなかったような気が。
華やかではあれ、鼻先で掻き消えてしまうよな、
そんな薄っぺらな匂いじゃあなくて。
むしろ…そう、
探さなきゃ出処が判らないほど 微かで一瞬のそよぎようだったのに、
それで十分、触れたこちらの意識を捕まえてしまったほどの存在感。
品があっての印象的な、甘やかで奥行きのあるそれは、

 「あ、降ってきたねぇ。」

いつものTシャツにジーンズ姿というざっかけない恰好で、
腰高窓の桟に腰掛け、
外を眺めていた同居人の声がした方向から届いたもので。
ちょっとずぼらしての座ったまま、
よいしょと上背を延ばして外した小物干し。
トランクスやら米屋の屋号入りのタオルやらが下げられた、
いかにも所帯臭いもの、手にしているのは誰あろう、
神の御子ことイエス・キリストであり。
やや骨張った背まで流れる濃色の髪にまとわせたは、
茨を模した緑の冠。
それで、そんな香りもする彼だというのだろうか…

 「ブッダ?」
 「ああ、ごめん。」

これ、どうしようねと
所在無げに手へ提げたままの小物干しをかざす彼だったのは、
いつもなら、頼もしい相方が
受け取ったそのまま
部屋の中の最適な場所へ吊るし直してくれるから。
様々な“生”という長い長い輪廻の輪を踏破し、
それは豊かな蓄積や錯綜を踏み締めての徳を積み、
涅槃へと解脱した存在にして、
その教えを最初に人へと説いた仏教の祖。
イエスの大先輩にもあたろう、目覚めた人。
何へと気を取られていたものか、
常のてきぱきした対応ではなかったものの、
それを感じてのこちらはいっそ素直な反応、
子犬のように小首を傾げるイエスだったのへは、

 「ごめんよ。
  そちらからいい匂いがしたものだから。」
 「匂い?」

自分が腰掛けていた窓を振り返り、
まだそんなに強い降りではないながら、
外へと広がる緑を背景に、雨脚の銀の線が降り落ちるのを見、
わわと慌てて飛びつくようにサッシを閉めたイエスだったのへ、

 「締め切っちゃダメだよ? 空気が籠もってしまうからね。」

そんなこまやかな指示を出すところは、
いつもの彼だと安心したか。
どういう会話があったやら、どうして窓辺を振り返ったやら、
それほどこだわることもなかろうと、
確かめることもしないまま。
大人に出された指示を貫徹する幼子みたいに、
わざわざじいと、窓と窓枠の隙間を真正面から見据えてのこと、
数センチの隙間を残したイエスだったのへこそ。
相変わらず無邪気なものだなぁと、
こちらもやはり、
一連のシークエンスの取っ掛かりを
すっかりと忘れ去ってしまったブッダだったのでありまして。







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 *タイトルほど思わせ振りな話じゃありません。
  ドリー夢形式でのような“オリキャラ”を極力出さずに、
  ほのぼのと甘いお話を目指しますね。

 *今朝の“ZIP”で、
  アメリカの夏フェスで流行しそうだと紹介されてた
  造花製のフラワークラウン。
  イエス様の冠みたいだと思ったのは私だけ?

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